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こんにちは!先輩

こんにちは!先輩

中野朋子先生
なかの眼科クリニック 院長

「笑って、笑って!」

 「21世紀を迎えて37歳になった私はどこで誰と暮らしているのでしょう。きちんと医師として世の中の役にたっているでしょうか・・・。」これは私が21歳の時に16年後の自分宛てにかいた手紙の一節です。1985年に開催された筑波科学万博の記念行事の一環で、タイムカプセルに入れた手紙を21世紀となるお正月に配達してくれるイベントに参加した時のことです。当時、医学の勉強が始まったばかりの大学3年生だった私は、医師になりたいという希望とまた同じくらいの不安をも抱えていたように思います。

 この手紙は2001年の元旦に無事、私の手元に届きました。奇しくもこの年の春にクリニックを開業することになっていた私は、手紙を書いた21歳の自分からエールをもらったような気がしました。

 現在、手紙が届いてから15年の歳月が経ちましたが、自分なりのペースで仕事を続けていられることに感謝しています。

【眼科医として】
 私は、1989年に山口大学を卒業して眼科へ入局し、大学病院と関連病院で勤務した後、2001年に眼科クリニックを開業しました。大学病院では斜視・弱視の分野を担当していましたので、現在も小児患者や斜視・弱視の診療に力を入れています。

 眼科は外科系の診療科ですが、内科的な治療も多く、神経眼科や小児眼科の分野も重要です。また器質的異常がないにもかかわらず視力が低下する心因性視力障害の診断・治療は、精神科の分野にも関連があります。眼球という小さな組織がもつ神秘性を日々感じながら、まだまだ勉強していかなければと感じている毎日です。

【笑い療法士として】
 2006年に 「癒しの環境研究会」 が養成する「笑い療法士」の2期生に応募して研修を受け認定されました。「笑い療法士」は相手の心に寄り添い、心にしみる温かい笑いを引き出し、その笑いによって患者さんの自己治癒力を高める役割を担っています。例えば小さなことですが、若い患者さんの麦粒腫の切開をする時などは「少しチクッとするもしれませんが、さあ!“好きなあの子”の顔を思い浮かべてみてください!」と声をかけると、たいていの人は緊張がほぐれて笑ってくれます。ちなみに中高年の患者さんの時には「初恋の人の顔」にしています。

【家族新聞編集長として】
 大学卒業後5年目に結婚し、6年目と9年目に娘を授かりました。二人とも生後2ヶ月から大学の「たんぽぽ保育園」にお世話になりました。育児は物理的、時間的には大変でしたが、「たくさんの笑い」を私に与えてくれました。2000年の年末からは毎年、家族の出来事を写真入りで綴った新聞を作っています。初めは八つ切り画用紙一枚だったのですが、年々気合が入り十枚になったこともあります。小学生だった娘たちと一緒に取り組んだ自由研究の成果で「すずむし」「たんぽぽ」「みのむし」にはかなり詳しくなりました。ここ3年間は高校生・大学生の娘たちが「NHKのど自慢」の予選大会に出場(悔しくも本選出場は叶わず)したため、応援団を結成して盛り上がりました。15年分の家族新聞を見返すと、忘れかけていたエピソードにまた大笑いしてしまいます。

【後輩の皆さんへ】
 皆さんは大変優秀でずっと努力を惜しまずに頑張ってこられた方たちだと思います。しかし医師となり働くようになると、様々な年齢や職業の方たちと接していかなくてはなりません。その時に役立つのが、話題(笑い)の引き出しをたくさんもっていることです。「スポーツ」でも「旅」でも「料理」でも良いですね。最近、私の引き出しには「温泉」「雉」「晩白柚」「アゲハ蝶」が入っています。相手が子供でも、ヤンママでも、威張ったおじ様でも、ちょっと笑わせることができるスキルがあれば案外楽しく仕事ができるものです。「笑い」について興味を持たれた方は是非遊びに来てくださいね。

プロフィール

現職
なかの眼科クリニック 院長
出身地
福岡県北九州市
出身大学
山口大学
卒業年
1989年