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こんにちは!先輩

こんにちは!先輩

前川恭子先生
萩市国民健康保険むつみ診療所

「願い」

 私は対象人口1500人弱の中山間の診療所で働いています。

 内科学会に所属していますが、専門医ではありません。学位もありません。タイトルは何もありません。たくさん失敗し、その度に落ち込んでいます。

 それでも、私は自分のしていることが大好きです。

 診療所に来る研修医の先生や学生さんから
「先生ってほんとに楽しそうに診察しますね。」
と言われます。

 問診中、患者さんの引き出しから、疾患に関係のない色々なものが飛び出してくるのが面白くてたまらないのです。そう感じられるようになったのは、楽しく診察を続けていくために何をしたら良いのか、自分の人生を私自身が大切にするにはどうしたら良いのか、考え実行してきたからだと思っています。

医者になった目的
 幼い頃見た『母をたずねて三千里』のアニメの中、お金をとらずに診察をする医者がいました。すごい人だと思いました。医者になりたい気持ちはありましたが、中学に入る頃には、お金がないと医者にはなれないのだとあきらめていました。

 結婚退職が王道の時代でした。が、父が早くに死に苦労する母の姿を見、『女も手に職』と思いました。高校の頃の人生の目標が『子供を産んで育てること』となり、それに役立つ職業を考え始めました。

 口から入るものを大切にする農業、他人様の未来の計画を知るライフプランナー、弱った人の価値観を覗き見る医療職。本音の価値観を多く見聞きすることで、自分の幅が広がり子育てに役立つだろうと、当時4年大学卒で国試受験のできる薬学部を目指しました。

 高校3年の秋、進路指導の先生に呼び止められました。
「お金のかからん医学部を受けてみるか?」
自治医科大学の受験をすすめられました。

葛藤
 国試に合格すれば自動的にスーパーマンになれるような気持ちでいました。でも、そんなことは起こりませんでした。学生時代から目論んでいた『研修医で産休育休取得』も実行に移しました。大層バッシングいただきました。

 24時間365日働き、産休・育休はとらず、家事も完璧、患者さんが欲しい時に欲しい薬を処方し、患者さんの身体を患者さんの思い通りに治すことのできる、周囲が望むそんな医者・母・娘には程遠く、道に迷ったように感じていました。

 自分がしたいことは何?どんな人生を送りたい?本当にしたいことはこれなの?

 自分の中の本物を探す中、他人や家族から押し付けられ、まるで私の人生の目的のような顔をして居座っていた価値観たちを少しずつ剥がし、自分が楽しいと感じること、楽しみたいことを突き詰め、そこに居てくれたのが『診察』でした。

患者さんを大切にするということ
 私自身が自分を大切にするようになり、並行して、一緒に働く職員一人ひとりが、自分の生活や人生を大切にするにはどうすれば良いのか考えるようになりました。私を含めた診療所の職員が、もっと楽な気持ちで働けるよう、少しずつシステムを変えていきました。

 自分と、職員一人ひとりを、一人の存在としてリスペクトできるようになり、患者さんをただのお客さんではない、一人の人間として見るようになりました。患者さんが自分の人生を自分で選ぶ、その手伝いを診療を通してできると考えるようになりました。

 医療者は手を出しコントロールすることは得意ですが、何もせずじっと待つことは苦手です。そこを少し我慢し、患者さんが自分の健康問題を医療に丸投げすることをそのままとせず、患者さんが、苦しくても自分の生き方を自分で選べるよう、傍らで待ち、見守り、本当に必要な時に手を出すことが目の前の患者さんを大切にすることであり、患者さんが望むまま、私が望むまま、何でもすることがその人を大切にしている訳ではない、そう思うようになりました。

子供と仕事
 自分の子供にも同じことができるよう努めました。

 子供は自分の持ち物ではなく、子供は自分の思い通りになる生き物ではなく、一人の人間として大切にする存在である、と頭の表面ではわかっていました。でも、そのように育てられた覚えのない私にはその実感が伴わず、何度も自分の心と頭の中で練習をしました。

 結局私は当初の目的どおり、医者の仕事の葛藤を子育てに役立てたようです。でも、私が仕事の葛藤に向き合うことができたのは、子供が居てくれたからなのかもしれません。とすれば、私が診察を好きになれたのは子供のお陰であり、子育てが仕事に役立ったのだとも言えるのです。

若い先生方に
 先輩・後輩の医療者の、今までの道のりをうかがう度に、選ぶ道は違うけれど、その時に、それまでに、悩み迷った過程は似ていると感じます。悩み迷った末、自分を大切にできるようになった人が、自分以外の人も大切にし、仕事も楽しんでいるように感じます。

 年に数名、研修医の先生方が地域医療の研修に来てくださいます。周囲から望まれる医者になろうとする、真面目な真面目な先生が多くいらっしゃいます。先生方のそんなキラキラした姿に、誰かのためだけではなく、自分のためにも、自分の人生を自分で積み上げていっていただきたいと、むつみの田舎で私は願うのです。

プロフィール

現職
萩市国民健康保険むつみ診療所 所長
出身地
山口県
出身大学
自治医科大学
卒業年
1992年