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こんにちは!先輩

こんにちは!先輩

水内知子先生
医療法人牛尾医院理事長

「女性の特性を個性としていかす」

 こんにちは。下関市の有床診療所(在宅療養支援診療所)で、内科医として地域医療に携わっている水内知子です。未来の自分の生き方のロール・モデルとして参考にする女性医師が、男性に比べるとまだ多くないということで、原稿の依頼を受けました。時代も少しずつ変わってきておりますが、今日という日を迎えられることは、沢山の方に支えられ、助けていただいているからと感謝の気持ち一杯で、次世代の女性医師の一助になればとペンを取りました。

 下関で生まれ育ち、大学で上京し卒業後、呼吸器専門医を育成する内科に入局し、その年に外科医と結婚。開業医であった父からは、結婚して医師をやめるのであれば、医学部には行くなと言われ、現在に至っております。医師としての基礎を6か月間叩き込まれた後に、専門内科(内分泌、神経、腎臓、糖尿病、循環器、消化器、血液)を3か月ずつローテートし、呼吸器専門医として研修開始後に、第1子を妊娠。産前産後合計2か月間の産休後に、復帰1か月で、関連病院(研究機関を併設した都立病院)へ出向となりました。

 まだまだ専門的な発言ができるほどの実力もなく、ひたすら診療に没頭しました。関連病院勤務2年後に第2子出産。その直後に研究テーマをいただき、昼は診療、夜は動物実験という日々が続きました。学位取得後は、大学病院に復帰せず、後輩達の実験や研修医の指導者として、呼吸器専門医として大学関連の都立病院で充実した勤務医時代を過ごしました。11年間の都立病院勤務で、医師としての倫理観、臨床医としての診療の基本や心構え、チームワークの大切さ、リーダーとしての在り方、育児・家事をこなしながらの勤務医生活のノウハウなど、多くの事を、多くの方々からの指導、支援で、学ぶことができたと思っています。勤務医時代、二人の子供は、一般家庭(4人家族)のサポートいただき、愛情いっぱいの中で大きくなりました。

 11年間診療や基礎研究で私を指導してくださった先生より、最後にいただいた言葉は、「水内先生は、女性を最大限に生かして仕事をしてきた先生だ。」です。この言葉は、多くの意味が含まれているように聞こえますが、私は、この言葉をいただいた時に、素直に嬉しく思いました。20数年前の時代に、職場で、女性を意識することもなく仕事ができたことは、大変恵まれた環境だったのでしょう。女性という特性を最大限に生かしているとは、生物学的に女性であることと一人の人間としての個性がうまく融合して、新しい発見、感性、物事への対応ができ、周囲から1人前として認めていただいているという事と受け止め理解しています。この点を、男性医師であった部長が、きちんと評価してくださったと思っています。新生児の症状で、予後と相関を示すアプガースコア発案者は、女性麻酔科医Virginia Apgarです。女性特有の細やかな観察眼だからこそ生まれたスコアであり、私も女性の特性をいかした医師であり続けたいと思っています。

女性としての特性をいかす毎日
 実家の医院で18年間父と共に診療をし、父亡きあと理事長の立場となり5年目を迎えています。外来診療の場では、若い方から高齢者までの女性の患者さんが多く、自分の経験・感性が頭をかすめ、思わず日々の生活スタイルや家族背景が気になり、病気や治療以外の話が長くなってしまうことも多いです。ここでも、女性としての特性が活かされていると感じます。理事長としては、女性スタッフが、資格を活かして働き続けられるように細かく配慮し、家庭生活との両立を支援し長く勤めていただける多様な働き方ができる職場を提供することに女性の経営者であればこその強みが発揮でき、悩みもありますがとても充実した気持ちです。

 医師となり、あえて女性らしさを意識することはありませんでしたが、女性の特性を私の個性として活かして仕事をしてきたように思います。女性という性を一人の人間の個性ととらえて生きてきたと改めて思う次第です。男女共同参画基本法施行以来、随分と時間がたっています。それぞれの性を尊重し互いに助け合い協力し、次の世代の女性医師が活躍し、指導的立場へ就くこと期待しています。私も個性を生かし、もうしばらく社会の一員として貢献していきたいと思っています。

プロフィール

現職
医療法人牛尾医院理事長
出身地
山口県下関市
出身大学
東京女子医科大学
卒業年
1980年
専門分野
呼吸器内科、老年病