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こんにちは!先輩

こんにちは!先輩

野田薫先生
下関医療センター 糖尿病・内分泌内科部長

「仕事力とは」

 「後輩へ向けて何か将来像を描く助けとなるような話を」ということで、依頼されましたが、少し気後れしています。男女雇用機会均等法が1985年に、男女共同参画社会基本法が1999年に制定されました。私の仕事と家庭の両立は、法律ではなく、実母の献身的な支えにより、成り立ってきました。何度、仕事をやめようかと思い、その度に相談した夫の、「やめてどうするの」という後押しで、続けてこられたと思います。運の良さで、結果的に医師をやめずにこれただけだと言っては、身も蓋もありません。後輩のために参考になるようなモデルケース、ほど遠いと思っていますが、本来の自分と、求められる自分が異なっても、誠意を尽くす。これこそ、「仕事力」かもしれません。さて、私に「仕事力」が備わっているでしょうか。

 それでは、いくつかのテーマに分けて書いてみようと思います。

【私の履歴書】
 誤解を恐れず書けば、裕福な家庭ではなかった(母子家庭だった)ので、成績から志望できて確実に合格できる、地元の山口大学医学部へ進学しました。音痴、運動オンチで、真面目に勉強することしかできない高校生でした。

 卒業後3年して工学部関係の大学の教員と結婚、結婚後4年して第一子を授かり、その後続けて、第二子が誕生しました。第一子妊娠前に、研究生活を送り、関連病院へ出向後に、学位を修得しました。夫は転勤のない公務員です。関連病院のなかで、彼の職場に近い下関市を勤務地として希望し、医局の配慮で22年間転勤なく、現在の総合病院へ勤務しています。第一子妊娠と同時に、実母を呼び寄せ同居しました。あの時代でしたから、産前産後の休暇のみで、育児休暇を取っておりません。実母の体力を考慮し、ゼロ歳より保育園へ預けました。

 進路は、血液疾患・代謝・内分泌疾患を専門とする第三内科です。考えて治療することに魅力を感じ、考えた治療が良い結果に結びつくと、喜びを感じました。血液疾患の診療では、全人的治療精神を学び、代謝・内分泌疾患の診療に専従している現在も、患者を丸抱えして(診療して)いると評されることがあります。

 入局時の故兼子俊男教授が率いる教室では、性別に関係なくご指導いただき、現在の谷澤幸生教授に至るまで、大学を離れて25年以上経っても一貫して、キャリアを継続することにご尽力賜りました。温かい同門の先生方へ、この場をかりて厚く御礼申し上げます。

 ここからは、少し胸襟を開いて、書かせていただこうと思います、笑。

【仕事を続けるのは大変、でもやりがいは尽きません】
 子だくさんで、妊娠出産の間、産休・育休を取り、キツい仕事や当直は免除、その間に、学位も専門医も修得、キャリアも積んで、すごく恵まれたように、羨ましく思える人がいます。翻って、自分の時は、そんなに恵まれていなかった、周囲に気を使って仕事を優先させ、子供に切ない思いをさせた、と口惜しく思います。しかし、生物学者:福岡伸一氏の、「失ってこそ得られるもの」「制限が生む協調性」「生命の惜しみない利他性」という言葉より、今は、人はどんな苦労を選択するのか、そのセンスこそが重要と思います。酸いも甘いも広くみずから経験してはじめて、見晴らしのよい高みに出られるようになります。

 自分なりの仕事ができたと喜べる貴重な体験が、誰にもあると思います。行くべき道がわかったというような。子育て時代は、論文も読まず書かず、学会へ参加・発表もせず、患者診療だけ毎日続けてきました。継続できたのは、患者に必要とされることに、自分の居場所を見つけたからかもしれません。子供が育つにつれ、仕事へシフトできるようになり、学会へ参加・発表ができるようになりました。恥ずかしながら、私は最近やっと、患者診療主体の、「臨床医」という行くべき道がわかったような気がします。

 いかにも患者思いの優しい医師のように聞こえますが、実は、私の短所である、断定して話す癖、患者へ強く指導する姿勢より、同業者やスタッフより「恐い先生」と思われています。調剤薬局で、私の患者が「またセンセイに怒られた」と漏らしたと、私の耳に入ります。

 県医師会の男女共同参画部会行事の一つである、女子医学生インターンシップで、私の糖尿病・内分泌疾患診療を見学してくださった、十代の学生さんより、お礼の手紙が届きました。「患者さんとの信頼関係の中で、それぞれに合った治療や予定を考えて対応される、野田先生の背中から、言葉にせずとも、医療に対する熱意や患者さんへの思いやりが伝わりました。‘いいですね、この調子でいきましょう’と、たくさん患者さんを褒めておられ、その時の患者さんの笑顔が印象的でした。」

 十代の学生さんの言葉に、自己肯定感が得られ、ご縁に感謝しました。

【後輩に伝えたいこと】
 島田洋七氏のがばいばあちゃんが、「人生は死ぬまでの暇つぶしやから、暇つぶしには仕事が一番ええ」と言い、17世紀の思想家:パスカルの「仕事こそ気晴らしの最たるもの」という言葉に重なります。一年半の間、実母を自宅介護し自宅看取りし、その間、子供の進路決定、体の変化も重なった私にとって、「仕事は収入をもたらし、最高の息抜きになり」ました。

 これから医師になられる方、医師としてスタートを切られた若い先生方に、私からお伝えしたい言葉を、以下に列挙してみます。

 寛容と謙虚、思慮と配慮、度胸と執念、忍耐と諦観、長所の裏返しが短所、長所は分け与えるもの・欠点は個性として育むもの、多様性は強さでもある、戦略的に硬軟両様使い分ける、良い仕事が呼ぶ次の仕事、指導者とは率いる人ではなく背中を押す人、知識は人間性を高貴にする、成功にも増して失敗を敗北としない強さに人は惹かれる

 最後まで駄文へお付き合い下さった皆様、私に「仕事力」は備わっていたでしょうか。

プロフィール

現職
下関医療センター 糖尿病・内分泌内科部長
出身地
山口県
出身大学
山口大学
卒業年
1988年