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こんにちは!先輩

こんにちは!先輩

和田崇子先生
さんふらわあクリニック 院長

「迷わず進んでいこう」

 このお話をいただいた時、私のように少し外れた歩み方をしている者が何を書いていいのか迷いましたが、こういった生き方をしているのもいるよ、といった参考になればと思い、つらつらと書かせていただきます。

 医師になりたいと思ったのは無医村医療に興味を持ったためですが、大学入学後たまたま遊びに行った姉の家で、ある医師に勧誘をうけ、小児糖尿病医療キャンプにヘルパーとして参加したことが、その後の方向性を決めてしまったようです。学生とはいえ患児さんと1週間寝泊まりを一緒にするため、開始前から糖尿病についての一般的知識、対応方法などたたき込まれキャンプに参加。患者さんやその家族に寄り添っていくことの大切さを感じました。その頃県内では、糖尿病のキャンプはおろか支部会もなかったことから、何かの時に集まれる場所作りのつもりで、患者会を立ち上げました。その会は、今では多方面からのお力添えもあって、子供から大人、家族・友人も参加出来る形で2泊3日の医療キャンプとして継続しております。

 糖尿病という疾患が色々な病態をひきおこすこともあり、もともと単独疾患ではなく、全身を診ることが出来るようになればいいなという漠然とした気持ちもあったこと、前述の会の立ち上げがきっかけで、糖尿病だけでなく血液疾患等も扱う第3内科に入局しました。1年目は大学病院で、その後徳山中央病院、周東総合病院と勤務させていただき1年程、研究のために東京へ。帰山した後、非常勤その後常勤で、東洋鋼鈑診療所に勤務させていただきました。これもまた今までと異なる経験でした。企業診療所は、ただ健康診断をする、健診後の確認だけすると思われがちですが、元々病院として設立されたためか一般外来もあり、健康診断からいわゆるプライマリケア対応までこなす所でした。このため、重大疾病の発生予防、重症化予防をすることのおもしろさ・難しさ、働きながら病気とつきあうことをいかに両立させるか等、働く現場で検討していくことを知りました。産業医としてだけでなく、患者・従業員さんとも近いためか、内科領域に限らず、様々な疾患に対する相談や対応もあり、時には現場で発生した外傷の初期処置にも入りました。海外展開に伴って、他国にある工場・会社を訪れて近隣の病院見学をさせてもらったり、現地従業員の方に対しても、健診結果をもとに、その現地にあった保健相談などをさせてもらったりと渡航医学領域の内容も学びました。国によって医療、予防に対する対応はそれぞれで、宗教等による生活スタイルも異なるので、沢山の人に出会い、色々な保健衛生事情、医療事情などを知ることが出来たのも財産です。今でも、それぞれの国の人とつながっています。

 この時期から、スポーツ現場で関わる機会も得ました。ある社会人ラグビーチームに関わり始めたことで、ラグビーをする小中学生の簡易健診を頼まれたのですが、健診するだけではその子たちが見えないので、練習や試合・合宿に帯同し、怪我の現場処置、スポーツ栄養学的知識等を一緒に学んでいきました。ラグビーでは、試合時医務として初期処置の対応、救急手配をする医師がつくのですが、ある先生のおかげで、それにも参加させてもらうようになりました。10数年前で、競技特性上今以上に男社会ですから、最初は煙たがられていた?かもしれませんが、今でも継続して関わっています。その医務で出務中、試合中重症の脳振盪発生に立ち会うことになり、自分が現場で出来ることの少なさを痛感していたところ、ある救急救命士の方から消防署や近隣の医療機関スタッフとの救急災害勉強会に誘われ、病院前救護や災害関連の研修にも行くようになりました。これらのスキルは、会社の現場やグラウンドでも多く役立ち、いざという時、一般の人達でもお互いに助け合えるようにと、救急災害研修での内容を一般向けに作り替えて、自主防衛組織の研修等で、実習・講習等も行っています。

 こうして16年ほど企業診療所におりましたが、より地域に溶け込んで医療に携わりたいという思いから、思い切って開業という道を選びました。開業してからも、通常の仕事をこなしながら、前述の患者会やグラウンドに出て行くことは継続しています。

 色々な個別のことに首を突っ込んでいる、ようでもありますが、自分の中では、一つでつながっています。基本「目の前の人に対して、自分が出来る最善のことは何か」を考えていると、その時々で私にとって大切な人との出会いがあり、その道を信じて歩んだ結果が今につながっていると思います。この間結婚をし、2人子供もいますが、育休はほとんどとらないまま仕事をしたので、親には随分迷惑をかけたものの、今は、上記のような活動に子供たちとも参加することで、一緒に育っているような部分もあるかなと思います。どのような医師のあり方がよいのかは、もちろん今でもわかりませんが、それでもこれからも今信じる道を(なるべく)迷わず進んで行ければと思っています。

 皆さんもそれぞれ大変なことは多いと思いますが、それぞれに合った道を進んでいけることを願っています。

プロフィール

現職
さんふらわあクリニック 院長
出身地
山口県防府市
出身大学
山口大学
卒業年
1994年