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こんにちは!先輩

こんにちは!先輩

伊藤忍先生
いとう眼科クリニック 院長

「私の男女共同参画」

 医者になって33年、大学勤務、大学院、勤務医をへて開業しました。開業して19年になります。学生時代は女子学生が増えたといわれましたが、それでも全体の約二割ほどでした。先輩からは国立大で、医者になるにはいっぱい税金が使われている。不合格になった男子学生を考えれば簡単に辞めてはいけないと散々言われ続けました。ところが入局を考え出す頃には、メジャーの医局はもちろんのこと、マイナーの医局でさえも女子はすぐ結婚して辞めてしまい、せっかく指導しても育たないから入局させないと公言する医局が全国にたくさんあり、医局が絶大な力を持つというまさに白い巨塔が乱立していました。大学生になるまでは男女同権が当たり前の教育を受けていましたから、男女には体格の差はあるものの、色々な能力や精神力の差に性別の差はないと感じて育ってきた私にとって、社会に出たとたんに女医をひとくくりにして疎む医者の世界に少々困惑したものでした。

 当時結婚して出産した先輩の道は二択。辞めるか続けるかでした。続ける場合は医局に迷惑をかけないようにお手伝いさんや親に家事や子どもを任せて、産後まもなく職場復帰して男性以上にバリバリ仕事をこなす道でした。

 3歳児神話がささやかれる中で、医者の変わりはいても母親の変わりはいないと言われれば、仕事を続けるかどうか動揺してしまう気持ちは十分理解できます。当時は主夫という言葉もありません。当然私が育児担当でしたが、0歳児の子どもと毎日一日中向き合うだけの生活を過ごすのは私にはとても無理のように思えました。また医師免許を持っていても経験を積まなければ医者にはなれません。一人前の医者に早くなりたい気持ちも強かったので仕事との両立を自然に選びました。出産後は夫婦ともに親が遠方のため、保育園やベビーシッターなど当時のありとあらゆる手段を探して駆使しました。緊急手術後に家に帰ると夫の勤務先の病棟の看護師さんが家で子どもを見てくれていたこともありました。その後当時は学童保育がまだ十分整備されていなかったため子育てと仕事の両立がいよいよ難しくなり、どうしたものかと考えていたところにちょうど短時間勤務が出来る機会を得て軌道修正。しかしその後自分の働く時間を自分で決定出来ないと、望むように働く事がやはり難しくなったため最終的に開業を決意しました。当時復職のシステムや勤務医の環境がもう少し違っていたら、リスクのある開業ではなく勤務医を選んだかもしれません。

 人生で何を優先するかの考え方は人それぞれですが、選択肢がなければ選ぶことさえ出来ません。当時は選択肢が少なく、それぞれの女医がたった一人で道を模索していたと思います。少しずつですが、環境整備も進み、選択肢は増えてきているのではないでしょうか。

あとはなんとしてもどんな形でも医者を続けたいという意志さえあれば何とかなると思います。

 現在は人口減少や医者不足により男女共同参画推進が叫ばれ、女性医師の活用が唱えられています。しかしそれに踊らされてただがむしゃらに働くのではなく、これからは男女ともにライフ・ワーク・バランスを保てるようにするのが大事だと思います。医者としての使命を果たせた時の達成感はなにものにも代えがたい喜びです。ましてや患者さんに感謝の言葉をかけられると疲れも一気に吹き飛びあしたもまた頑張ろうと思うでしょう。でもそのような医者の犠牲的な精神だけに頼った今の勤務医の過重労働にはやはり限界があるのではないかと思います。もちろんがむしゃらに研究や臨床に没頭する時期もあるでしょうが、仕事以外の生活も大事です。また人生の途中で子育てだけではなく、病気や不慮の事故、介護など様々な理由で働き方を変えなければならない時期も男女ともにきっとあるはずです。今だからこそ、様々な働き方を選べるようにしておくまたとない機会だととらえて、先輩達はより良い仕組みになるよう頑張っています。

 結局は女医の問題は男女問わず勤務医全体の働き方の問題でもあります。一方ではまだまだ女医への根本的な意識はそう変わっていないと思いますが、システムが変わり優秀な女医さんが数多く輩出されていけば、意識は時が解決してくれるのではないかと私は期待しています。若い皆さんがせっかく努力してなった医者としての仕事も手放さず、仕事を通じた喜びを感じながら少しでも社会に貢献し続けていけるよう応援しています。

プロフィール

現職
いとう眼科クリニック 院長
出身地
兵庫県
出身大学
山口大学
卒業年
1984年