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こんにちは!先輩

こんにちは!先輩

西岡和恵先生
ジョイ皮ふ科クリニック 院長
小泉明子先生
ジョイ皮ふ科クリニック 医師
瀧田祐子先生
ジョイ皮ふ科クリニック 医師

「3人の女医の試み的開業 ― 8年目、今の思い」

 ジョイ皮ふ科クリニックは平成20年6月に大型商業施設“おのだサンパーク”の中で誕生しました。3人の女性医師による開業という診療形態が珍しく、成功して新たなモデルになるかと興味を持たれたのか、全国に紹介されもしました(日経ヘルスケア、2009年7月号 No.237)。それから8年経過しようとしている今、それぞれの思いを述べて、この開業が成功だったのかを改めて見直し、このような働き方もあることを後輩の女医たちに伝えたいと思います。

西岡和恵先生

「仕事を続けてきてよかった」

 私は、昭和48年に山口大学卒業後、18年間を大学で、その後の17年間を山口赤十字病院で勤務医として過ごし、平成20年6月、山口大学の後輩女医2名とともにジョイ皮ふ科クリニックを開業しました。長年の勤務医生活の中で、自分の理想とする皮膚科診療を行える環境を整え、好きな皮膚科診療が長く継続できるようにとの思いからの開業でした。

 勤務医で過ごした35年間は、仕事中心の生活でそれなりの充実感はありましたが、家庭のことは母に多くを担ってもらい、子供たちに“病院ママ”と呼ばれていました。それまでの生活の中から、一人で診療する場合には周囲に批判の眼がなく独善的になりやすいことが問題だと感じていましたし、仕事と家庭を無理なく両立できる環境をつくりたいとも考えていました。これらの問題を解決する方法として複数の医師で開業し、診療内容を互いに相談したり、カンファレンス、学会活動なども継続できる環境をつくること、家庭生活のためのゆとりを確保することを目指しました。

 開業後も専門の接触皮膚炎については学会発表をしたり論文を書いたりしています。院内での週1回の臨床写真カンファレンス、1年に数回のスタッフ、薬局も交えた院内セミナー、近隣皮膚科医との月1回の勉強会と皮膚科研修も継続中。一方、開業すると診療のほかにスタッフの採用や事務関連の仕事、医療行政機関や医師会とのかかわりなど多くの仕事があります。3人いると相談ができ、また分担もでき心強いものです。また家庭や健康の事情で休まざるを得ない時も助け合えます。複数医師による開業はなかなかいいものだと感じています。開業の際に、仕事の分量や、方針の考え方などで人間関係に齟齬を生じ、分裂、解体してしまうという危惧もありました。しかしよくしたもので、それぞれの医師に合った患者さんがいて自然に仕事量もあまり差はなく、相談しつつ物事は収まっています。

 医師という仕事は普通に続けているだけで自然に人の役に立つというラッキーな仕事です。そして時には患者さんの人生の重要な場面にかかわり、人間として成長していけるのです。“どのような形ででも仕事を継続することが力になる”と今、私は思っています。

プロフィール

出身地
山口県山陽小野田市
出身大学
山口大学
卒業年
1973年

小泉明子先生

「ゆっくり、しっかり」

 私は平成6年に山口大学を卒業し皮膚科学教室に入局しました。入局後は山口大学医学部附属病院、済生会下関総合病院、山口労災病院に勤務。出産前後の非常勤勤務を経て平成20年のジョイ皮ふ科クリニック設立に参加し現在にいたります。

 大学病院時代には麻上前教授、武藤教授をはじめ多くの先輩方にご指導いただきました。この時代に学んだことが現在の私の核になっていると感じます。また、総合病院での一人医長時代には他科の先生方にたくさんサポートしていただきました。診療科の垣根を超えた連携の大切さ、有難さを実感することができたのは貴重な経験でした。

 0歳児をかかえての開業には正直不安もありましたが、以前からよく存じ上げていた西岡先生・瀧田先生の存在が私の背中を押してくれました。開業当初は「家のこともできるだけ自分で」と思っていましたが、実際は想像以上に忙しい毎日で、結局は親に頼っているのが現状です。家族の献身的な支えのうえに、現在の私の生活はなりたっています。

 当院のモットーは“ゆっくり、しっかり”です。複数の医師が診療にたずさわることのメリットを生かし、患者さんのお話をしっかりきくことを心がけています。時に3人で相談し検査・治療方針を決めることもあります。診療やカンファレンスできく他の先生方のご意見には学ぶことがたくさんあります。“ジョイ”というクリニック名には私たち医師、スタッフ、患者さんの全てに喜びを届けるクリニックにしたいという西岡先生の願いが込められています。日々の診療を通して学ぶ喜び、社会とつながり微力ながらも貢献する喜びを感じながら、少しずつ前進していきたいと願っています。

プロフィール

出身地
福岡県北九州市
出身大学
山口大学
卒業年
1994年

瀧田祐子先生

「チャレンジを後押ししてくれた先輩の言葉」

 山口大学医学部在学中から予防医学に興味をもち、平成3年から公衆衛生学講座(現・環境統御健康医学分野)大学院で学んだのち行政の道にすすみました。循環器内科医と結婚、第1子出産後、県庁に配属されましたが、行政職に必要な企画立案・プレゼンテーション能力に乏しい自分は行政医としての適性がないのではないか、思い描いた将来像が見えなくなり悩んだ時期に、先輩から「医師は働く義務がある。もし行政の道をあきらめるなら、臨床医として社会に貢献できるように研修からやり直しなさい。臨床は患者さんの顔が見えるのでやりがいになるし結果もみえる。」と言われ背中をおされました。第2子出産後、平成13年から山口大学医学部皮膚科学講座で研修を開始、ゼロからのスタートでしたが、武藤教授(当時)や周囲のご理解とサポートをいただきながら仕事を続けることができました。保育園に最長時間滞在したり休日は母の職場に連れて行かれたりと、子供には一番負担をかけたように思いますが、医師は忙しくて当たり前と思ってくれているようで私は文句を言われたこともなく、子供たちに愛情をかけサポートしてくれた両親と家族に感謝しています。

 縁があり平成20年に3人の女性医師でジョイ皮ふ科を開業、常に勉強を続けられている院長はまさに臨床医のお手本です。つい忙しい日常に流されがちな私ですが、開業2年目、「専門医はいつとるの?」と院長のプレッシャーがかかり、記憶力も錆びつきかけた40歳過ぎて一念発起、念願の専門医も取得しました。

 目指す道は人それぞれ、遠回りしたけれど私は臨床医になってよかった。「先生ありがとう」の一言で明日も頑張れる。これからも皮膚科医として社会に貢献できるよう努力を続けたいと思います。

プロフィール

出身地
山口県山陽小野田市
出身大学
山口大学
卒業年
1991年