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こんにちは!先輩

こんにちは!先輩

中村久美子先生
山口県立総合医療センター麻酔科部長

「こんにちは!後輩」

 山口県立総合医療センターで、麻酔・ペインクリニック・集中治療・緩和ケアの業務に携わっております、中村久美子です。後輩の先生方に勇気を与えるような言葉は、到底見つかりませんが、30年目の一麻酔科医としてこれまでどうやってきたかを、私的な部分も交えてお話したいと思います。

 1957年、北九州市で2人姉妹の長女として生まれました。日本の高度成長期、ごく平均的なサラリーマンの家庭で、たいした波風も立てず、自分で言うのもヘンですが、よい子に育ちました。医師になろうといつから考えていたか、定かではないのですが、小学校の卒業文集には“将来は医者になりたい”と書いてありました。小学校低学年までは商店街にすんでいて、両親以外の様々な職業の大人に囲まれて暮らしていました。自分の家同然の家が何軒もあり、まさに町が育ててくれた時代でした。中にはご高齢の方もおられましたが、昼間、懸命に働いている大人たちを目の当たりにして、仕事とは一生続けるものなのだ、と幼心に感じていました。小学生の私は、一生できる仕事として医師という職を選んだのかもしれません。今にして思えば、あまり可愛げのある選び方ではありませんね。中学高校予備校と進むにつれ、周囲に同じ目標を持つ友人が増え、当然、進路の話もよくするようになりました。○○大学の医学部に行きたいの・別の学部に行きたいけど家業を継がないといけないから・成績がいいから進路指導の先生に勧められたなど、事情は各々様々でしたが、高校の同窓会では皆、立派な医師の顔になっていました

 1986年に山口大学を卒業後、麻酔科(当時)に入局しました。よく、なぜ麻酔科を選びましたか、と聞かれて何とか答えていますが、実は、麻酔科の仕事を本当に理解できたのは、実際に仕事を始めた後なのです。手術室での麻酔は、患者に関する幅広い知識と洞察力、一瞬の判断力が求められ、さらに術者を始めとする手術室内のあらゆる動きにも適切に反応しなければならないもので、診断・治療を主軸とする他の臨床科とはやや趣が異なります。大学での研修医時代は、技術の獲得が先行するため、手技の成否に一喜一憂する日々でした。しかし、麻酔は手技だけで完了するものではなく、多くの症例の経験をふまえてはじめて自分の未熟さに気づく、といった繰り返しでした。ペインクリニックも入局直後から研修したのですが、その初めての症例が直腸癌の終末期の方でした。モルヒネの使い方からスピリチュアルペイン・家族ケアと、多くのことを学ぶことができました。大学病院から6回目の転勤先が現在の病院です。今、緩和ケアの仕事を病院内外でさせていただいていますが、この経験が、わたしの緩和ケアの原点になっています。未熟ゆえにその場では気づかなかったことも多くあり、思い返せば後悔ばかりです。それでも、あのとき自分が感じたものは、経験をつんだ後では感じ得ないものです。新たな症例に向かうたび、何度も振り返り確かめることができ、かえ難い経験であったと、改めて感謝をしています。もし、初めての症例・出来事にとまどっている若手の先生がおられたら、その体験は今一回だけしか経験できないものだということを心に留めて、がんばってください。大丈夫、必ず、それが力になるときがきます。

プロフィール

現職
山口県立総合医療センター麻酔科部長
出身地
福岡県北九州市
出身大学
山口大学
卒業年
1986年